傀儡の恋
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「どの面下げて帰ってきたんだか」
あきれたような表情でカガリが言葉を口にする。
「あの時、自分がなんと言ったか、忘れてないだろうに」
怒りが先行しているのか。一言一言に力がこもっていた。
「……忘れてなんていないさ」
アスランが言葉を返してくる。だが、その声に力はない。
「だが、あのままあそこにいれば俺だけじゃなくこの子も殺されていた」
それがなければ、と彼は口の中だけで付け加える。
「なるほど。その子のために無謀なことをしたと」
しかし、それはカガリの怒りに油を注いだだけだ。その事実にアスランだけが気付いていない。
「とりあえず、そちらのお嬢さんを休ませてあげましょう」
このままでは一触即発だと判断したのか。ラミアスがそう提案をしてきた。
「アスラン君もその方がいいでしょう?」
いろいろな意味で、と彼女は続ける。
「そうだな。お前とはじっくりと話をしなければいけないし」
カガリもそう言ってうなずく。
「言いたいこともたくさんあるから」
さらにそう付け加える彼女に、アスランは無意識に一歩後ろに下がる。だが、そこにはすでにミリアリアが待機していた。
「あきらめるんだね」
苦笑と共にラウは言葉を口にする。
「ここにラクス様がいないだけましだと思いたまえ」
続けた言葉にアスランはため息をついた。
「そうだな」
視線をさまよわせながら彼はうなずく。
「と言うことで、そちらの女性は私が医務室に連れていこう」
言外にその間に絞られろ、とラウは笑う。
「女性にかっこうわるいところは見せたくないだろう?」
さらにこう付け加えれば、アスランは悔しげに唇をかむ。それでも反論してこないのは、自分でもそれは避けたいと考えているのか。
本当に愚かだ。
そうやって自分を縛っているからこそ、彼は周囲を見る余裕を失っている。その結果、彼だけが取り残されるのだ。
それでも、あの男の言葉に流されなかっただけましなのか。
「じっくりとお説教をされていたまえ」
それだけを言うとまだ意識を失っている少女を抱え上げてラウは歩き出す。
少女が身につけているのはザフトの一般兵の制服だろう。アスランと一緒にいたと言うことは、ミネルバに一緒に乗り込んでいたと言うことか。
カガリも彼女のことを見知っていたようだし、プラント本国から一緒だったのだろう。
その二人がいったいなぜ、脱走というところまで追い詰められたのか。
いくらラウでも、そこまではわからない。
ただ、と彼は心の中でつぶやく。
間違いなくその根底にはデュランダルへの不信があるはず。アスランにそれを抱かせるような何かをあの男がしでかしたのだろう。
しかし、それはいったい何なのか。
「キラに厄介ごとが降りかかってこないならかまわないのだがね」
おそらくその可能性は低いだろう。
前の戦いの時も、間違いなくザフトはキラを殺しにかかってきた。つまり、あの男の中で《キラ・ヤマト》と言う存在が不要になったと言うことだ。
「……つまり、私とも敵対すると言うことだね」
自分が彼にどのような感情を抱いていたのか。デュランダルは知っているはず。それでもあんな行動を黙認したのだ。その結果がどうなるのか。わかっているはずだろう。
「……天空においでの姫がどう出るか。それが一番の鍵だろうね」
彼女が動けばデュランダルに反旗を翻す者もいるだろう。
その時世界がどうなるのか。
それが少しだけ怖いと思う。そして、そう感じる自分にラウは苦笑を禁じ得なかった。